虎山長城
虎山長城が最初に着工されたのは明成化五年(公元1469年)で、中国明長城の東の起点です。現在は200メートルが残され、三つの望楼があり、北へ約五 キロの所に六つの城壁があります。当時は建州女真族の侵略を防御するために建造されたものです。虎山長城は今もやぐら、のろし台、望楼、戦台、などの建物 を含めて、1250メートルが修復され、当年の明長城の雄姿が回復しました。
明長城の東の起点
明朝に建てられた万里の長城は中国史上規模が最大で、技術が最高な長城です。全長は6350キロあまりです。『明史』に「東の鴨緑から西の嘉峪まで」と記載され、遺跡が倒壊し部分的で基本的な壁だけしか残されていなかったので、長い間人々は山海関から西に向かった長城しか見つけられなかったので、ずっと明長城は「東の山海関から西の嘉峪関まで」しか伝えられなかったのです。
1989年、航空写真と現地調査によって、中朝境界の遼寧省丹東市宽甸満族自治県内に600メートルあまりの長城遺跡が発掘されました。有名な文物専門家が丹東で論証会を行い、明朝の万里の長城の東の起点は、宽甸県の虎山地区にあることを認定しました。虎山長城は虎山を横断し、北と西に向かって、遼寧省の抚順、瀋陽、遼陽、鞍山、錦州を経て、河北省内の山海関長城とつながります。
虎山長城景色
虎山長城が発見された後、政府より保護と修復がされました。修復後の虎山長城は山を背に北に向かって曲がりくねって続きます。
海抜146.3メートルの頂上の望楼に登ると、「万里の長城に辿り着かなければ、立派な男でない」の意味を十分に理解できます。特に秋になると山の至るところの紅葉が、さらに長城の勇壮の美を引き立たせます。一番独特なのは虎山長城は朝鮮の于赤島、古城義洲と鴨緑江を隔てて向き合っているため、長城の頂上で中朝両国の風景を眺めることができ、対岸の朝鮮民主主義共和国の自然や人々の生活を一望できます。
川に臨む虎耳山は丘にまっすぐ高く聳えていて、変わった形の岩が重なり合っています。
虎山長城博物館
虎山長城博物館は八達嶺、山海関、嘉峪関に次ぎ、中国四番目の長城博物館です。 博物館は二階建てで、長城の防御効用をテーマにして、虎山長城遺跡で発掘された兵器、城を守る兵士が使ったかまどなどの出土品及び芸術品と大型の景観画を展示しています。
旅行ガイド
住所:丹東市宽甸県虎山鎮虎山村
開放時間:7:00-17:00